イギリスの歴史|4つの国の連合とは?

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ざっくり言うと…

グレートブリテン島という島を中心に、小さな国々が集まって
イギリスという4つの国々からなる連合王国ができました。

イギリスは大航海時代を皮切りに
世界中に植民地を広げ、大帝国を築きますが

度重なる戦争で弱体化し
その殆どの土地を失い、現在に至ります。


…それでは
もう少し、詳しく見ていきましょう。

イギリスの歴史

紀元前〜

イギリスの歴史は
グレートブリテン島 というヨーロッパの北に浮かぶ島から始まります。

紀元前800年頃。
ケルト人と呼ばれる人々がやってきて、この島で暮らし始めました。

しかし、紀元前55年より「ローマ」という大国からの侵略にあい
皆で土地を守ろうと抵抗する事になります。

西暦400年ごろ、遂にローマは島から出ていきますが、今度は「ゲルマン人」という人々が、どんどん移り住んでくる様になります。


そして、島の南半分に複数のゲルマン人の国が作られる事となりました。

小王国の時代

島の南側では元々あったケルト人の国々に加え、新たに誕生したゲルマン人の国々が乱立した状態となりました。

これらの国々は、互いに覇権を巡って争い合いました。

西暦600年〜800年頃
島の南側には7つの王国が存在していました。
これらの国々はやがてまとまり「イングランド」という国になりました。

一方、島の北側では

元々住んでいたケルト人に加え、隣のアイルランド島からやってきた人々や
北欧からやってきたヴァイキングの人々が住む様になり

やがて「スコットランド」という国になりました。

宗教改革

そんな具合で、
グレートブリテン島を中心に、複数の国々が存在していたのですが

1400年代にヨーロッパで起こった大規模な宗教改革で状況が大きく変わります。

当時のヨーロッパでは皆がキリスト教を信じていたのですが、この考え方を巡って信者同士で対立が起こるようになりました。

伝統的なキリスト教の考え方教会の活動について、疑問を持った人々が現れ始め

伝統とは異なる考え方のキリスト教を立ち上げる様になった為です。

グレートブリテン島でもイングランド王室を中心に「イングランド国教会」という新しい考え方が誕生。

イングランドは「国として、この考え方を持ちます。」…という事になりました。

しかし、ヨーロッパ全体から見れば殆どの国は伝統的なキリスト教(カトリック)だったので

イングランドのこの考えは、異端と見なされ
敵対視される様になります。

一方、スコットランドでも
現在のプロテスタントにあたる「カルヴァン派」が広まっていたので

同様に、ヨーロッパ各国から異端と見なされていました。

連合王国

イングランドが隣国のウェールズを征服

ウェールズは事実上、イングランドに併合される事となりました。

さらに、隣の島であるアイルランドを植民化

その後、スコットランドについては、当時のスコットランドの王「ジェームズ1世」という人がイングランド王室の血縁者だった為

イングランドの女王が亡くなった際に、この人が王に選ばれました。

イングランドとスコットランドは同じ人が王様…という状態になり

スコットランドは徐々にイングランド化していきました。

これにより、この4つの国々から構成される
イギリス…という概念が生まれる事となりました。

大航海時代

大西洋の向こう側に、新大陸が発見されると
ヨーロッパ各国は次々に植民地を作りに行きました。

新大陸の豊かな資源を得て
それをヨーロッパの本国で利用する為です。

イギリスもヨーロッパから船を出し
新大陸を探索。

現在の北アメリカ地域に植民地を作りました。

そして、アフリカから連れてきた人達を
植民地で強制労働させる…というやり方で、大量の資源を確保。

さらにインドなど、他の地域にも
植民地を拡大していきました。

しかし、この時期
ヨーロッパでは戦争が相次ぐ様になり

イギリスは多額の軍事費用に困っていました。

そこで、北アメリカ大陸の植民地に
多額の税金を掛け、財政を立て直そうとしたのですが

これが北アメリカ植民地の反発を招き
アメリカ独立戦争が勃発。

アメリカが勝利し、イギリスは北アメリカにおける
かなりの土地を失いました。

世界各地への進出

アメリカが独立した後のイギリスは
植民地を世界中に広げようと試みました。

主にアフリカ大陸や、インドなどのアジア地域
そしてオーストラリアなどのオセアニア地域です

インドの植民地ではアヘン(麻薬)が作られ
それを、中国に売ることでイギリスは儲けました。

当然、中国の政府は反発しましたが
イギリスはアヘン戦争を起こして、無理やり従わせました。

…このような方法を取る事で、イギリスの植民地はかなり広がり
広大な植民地を持つ大帝国へと成長しました。

産業革命

イギリス国内で、仕事や移動を効率化させる
便利な機械が発明されました。

それまで、物を作るのは手作りが基本でだったのですが
機械による大量生産が可能となり

質の良い商品を
低コストで大量に作り、安く売ると言う事が可能になりました。

これにより、手作りで商品を作っていた人達の商品が売れなくなり
その人達も生活費を稼ぐため、街の工場(会社)で働くようになりました。

こうして、イギリス社会では
工場(会社)を所有し利益を得る「資本家」と、そこで働く「労働者」とに別れ

現在も続く資本主義の基礎として
全世界に広まっていくこととなります。

度重なる戦争

ヨーロッパでオーストリア皇太子が暗殺される事件が発生しました。

これをキッカケに第一次世界大戦が勃発します。

この戦争では複数の国々からなる
2つグループに分かれて争う事となりました。

また、産業革命により生み出された
新兵器が次々と導入され

これまでに無い規模の
戦争となりましたが、イギリスを含む連合国が勝利しました。

戦争による被害と
多額の軍事費用を伴ったイギリスでしたが

その後すぐに
今度はアイルランドがイギリスからの独立を求め、アイルランド内戦が勃発。

この内戦も、なんとか収まりましたが

今度は、ドイツによる
第二次世界大戦が勃発。

ドイツは瞬く間に、ヨーロッパの広範囲を占領し、イギリスにも攻撃を仕掛けてきました。

この内戦にも、なんとか勝利したイギリスでしたが
度重なる戦争で、かなりの国力を失いました。

戦後…

戦争には勝ったものの
資金も生産力も大きく失ったイギリスは

もはや、大規模な土地を収める事は難しくなってしまいます。

インドやアフリカなど、世界中に持っていた植民地は次々に新しい国として独立していきました。

アイルランドの南側もアイルランド共和国としてイギリスから独立しましたが、北側はイギリスに残されており

これが、北アイルランド問題として
現在も続いています。

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